沿革

昭和37年4月
 国立学校設置法の一部を改正する法律の施行により、平工業高等専門学校が設置され、機械工学科、電気工学科、工業化学科の3学科をもって発足した。
 初代校長に、福島県教育長佐藤光が任命された。
 開校式並びに第1回入学式を挙行し、121名に対し入学を許可した。
 仮校舎(元県立平盲ろう学校・平市才槌小路20)で授業を開始した。

昭和38年3月
 本校舎並びに寄宿舎の一部(第1期工事)が竣工した。
4月
 現在地に移転した。

昭和39年5月 
 学校所在地の呼称を「磐陽台」と名付けた。同時に、寮は「磐陽寮」と命名した。
6月
 校旗及び校旗を制定した。

昭和40年4月
 事務部に庶務・会計の2課が設置された。

昭和41年4月
 土木工学科が設置された。

昭和42年3月
 第1回卒業証書授与式を挙行し、109名に卒業証書を授与した。
6月
 本校の名称を平工業高等専門学校から福島工業高等専門学校に改称した。

昭和47年5月
 創立10周年記念式典を第一体育館において挙行した。

昭和48年3月
 電子計算機室新築工事が竣工した。

昭和53年4月
 初代校長佐藤光が退任し、第二代校長に文部省管理局教育施設部長柏木健三郎が任命された。

昭和54年3月
 環境科学教育研究センター新築工事が竣工した。

昭和57年6月
 創立20周年記念式典を挙行した。

昭和59年4月
 校長柏木健三郎が退任し、第三代校長に茨城大学教授武田二郎が任命された。

昭和62年4月
 電子計算機室が情報処理教育センターに改名した。

平成元年4月
 校長武田二郎が退任し、第四代校長に茨城大学教授寺門龍一が任命された。

平成4年10月
 創立30周年記念式典を挙行した。

平成6年4月
 コミュニケーション情報学科が設置された。

平成7年4月
 土木工学科が建設環境工学科に改組された。

平成8年4月
 工業化学科が物質工学科に改組された。

平成9年4月
 校長寺門龍一が退任し、第五代校長に茨城大学教授岩松幸雄が任命された。

平成13年4月
 地域交流センターが設置された。

平成14年11月
 創立40周年記念式典を挙行した。

平成15年4月
 校長岩松幸雄が退任し、第六代校長に茨城大学教授安久正紘が任命された。

平成16年4月
 独立行政法人国立高等専門学校機構が発足した。専攻科が設置され、第1回専攻科入学式を挙行し、28名に対し、入学を許可した。(機械・電気システム工学専攻、物質・環境システム工学専攻、ビジネスコミュニケーション学専攻の3専攻)

平成18年4月
 地域交流センターと環境科学教育センターを統合し、地域環境テクノセンターを設置した。

平成19年4月
 校長安久正紘が退任し、第七代校長に茨城大学教授奈良宏一が任命された。
 事務部の3課を2課(総務課・学生課)に改組した。

平成20年3月
 大学評価・学位授与機構による高等専門学校機関別認証評価の認定を受けた。

平成21年4月
 技術部をモノづくり教育研究支援センターに改組した。

平成24年10月
 創立50周年記念式典を挙行した。

平成26年4月
 校長奈良宏一が退任し、第八代校長に京都大学施設部長中村隆行が任命された。

平成27年4月
 専攻科3専攻(機械・電気システム工学専攻、物質・環境システム工学専攻、ビジネスコミュニケーション学専攻)が2専攻(産業技術システム工学専攻、ビジネスコミュニケーション学専攻)5コースに改組された。

平成28年4月
 コミュニケーション情報学科がビジネスコミュニケーション学科に改組された。

平成29年4月
 工学系4学科が改組された。(機械工学科が機械システム工学科、電気工学科が電気電子システム工学科、物質工学科が化学・バイオ工学科、建設環境工学科が都市システム工学科)